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1 基礎編
第4章 排出されたVOCの影響と評価法

事業所等で使用されるVOCが大気環境へ放出された場合、どのような環境に影響を及ぼすのか、特に重要と考えられる4項目について解説します。

4.1 オゾンの生成

大気中には光で起こる化学反応で生成し、一定の平衡濃度が維持される物質があります。そのような物質は、表1.4.1.1に示すような酸性物質と酸化性物質(オキシダント)とに大別されます。また、地表の発生源と大気中の光化学反応の両方に由来する大気成分もあります。窒素酸化物(NOx=NO, NO2)、ニ酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO)及びホルムアルデヒドをはじめとする多くのカルボニル化合物がこれに該当します。

これらの物質は、大気中にVOCとNOxが共存する時に太陽光の紫外線照射を受けることによって生成されます。特にオキシダントには様々な健康影響が認められており、大気中濃度の環境基準が定められています(1.3.2(ウ))。また後述するように、オキシダントは気候変動や生態系衰退にも関わる物質として重要視されています。

表1.4.1.1 大気中の光化学反応で生成される主な物質
酸性物質 硝酸(HNO3)、硫酸(H2SO4
酸化性物質
(オキシダント)
オゾン(O3)、PAN(ペルオキシアセチルナイトレート)、過酸化水素(H2O2)、MHP(メチルヒドロペルオキシド)

オキシダントの汚染を防ぐには、光化学反応の原因物質の総量を抑制することが重要です。これまで、オキシダントの汚染の一方の原因物質であるNOxについては発生源対策が推進されてきました。しかし、VOCとの共存条件においては、NOxは触媒として機能するので、本質的には他方の原因物質であるVOCの対策が必要です。

大気に排出されるVOCは様々ですが、それぞれのVOCの大気中濃度、光化学反応のしやすさは異なります。このため、個々の物質の濃度と、その物質がオキシダントを生成する効率(生成能)を考慮して、オキシダント生成のリスクを評価する必要があります。ここでは、オキシダントの中で最も大気中濃度が高く、光化学反応で重要な役割を果たすオゾン(O3)についてとりあげます。

4.1.1 オゾンについて

ここでは、オゾンの性質、気候及び環境、生体影響について、及び光化学過程でのオゾン生成のメカニズムを説明します。

(ア) オゾンの光吸収特性と気候影響

オゾンは紫外部(波長200~340 nm)と可視~近赤外部(650~1100 nm)で光を吸収します。成層圏のオゾン層が太陽光に含まれる有害な紫外線を吸収して地表に到達するのを防ぐという、地表の生物にとって欠くことのできない重要な役割を果たすのは、紫外部の吸収特性によるものです。対流圏オゾン濃度の増加は、近年注目を集めているオゾン層の破壊による有害紫外線照射量の増大を緩和する作用があると言えます。

一方、可視~近赤外部の吸収特性により、オゾンは温室効果気体としての性質を示します。対流圏オゾン濃度が2倍になると地球の平均気温が0.9度上昇すると試算されています。これは、単位濃度当たりの温室効果としてはCO2の2000倍以上に相当します。対流圏オゾン濃度の変化は、地球規模の気候変動に影響を及ぼす重要な因子であると言えます。

(イ) オゾンの生物への影響

(1) オゾン曝露でどんな症状が現れるか

オゾンは酸化力の強い物質で、僅かですが水に溶けます。このことを利用して、室内空気や水溶液の殺菌に用いられます。また、オゾンの高い反応性は、脱臭・脱色にも用いられています。一方、空気中にオゾンが高濃度で存在するとヒトを含む動物の肺などに障害を起こします。

曝露濃度や条件によって症状は異なりますが、鼻や喉に刺激を感じる、ぜん息発作や慢性の気管支炎、肺機能低下などの呼吸器系への影響が表れるほか、眼などに刺激を与えることもあります。

植物では葉の気孔から吸収され細胞組織を破壊し、結果として葉の白化などの可視障害や成長阻害などの影響を及ぼすことが知られています。近年では、北米などでの森林衰退に、酸性物質と並んでオゾンの関与が指摘されています。

こうした障害は脂質過酸化と関連していると考えられています。オゾンそのものはラジカルではありませんが、生体膜脂質を含む種々の有機分子と反応してラジカル種を生成し、脂質過酸化を促進します(連鎖的脂質過酸化反応)。

また、オゾンは大気中の光化学反応によってヒドロキシルラジカル(・OH)を生成します(次項4.1.1(ウ)参照)。・OHはこれまでに知られている最も反応性の高い反応種の一つで、生細胞中にあるほとんど全ての種類の分子(糖、アミノ酸、リン脂質、ヌクレオチドや有機酸など)と速やかに反応し、生体膜や遺伝子損傷の原因となります(コラム:酸素は猛毒である)。

(2) 連鎖的脂質過酸化反応 (図1.4.1.1)

高級不飽和脂肪酸のメチレン基(-CH2-)から水素原子(・H)を引き抜くのに十分な反応性をもった反応種の攻撃によって反応が開始されます。脂肪酸に二重結合があると、それに隣接した炭素原子上のC-H結合は弱まり、・Hの引き抜きが起こりやすくなります。・Hを引き抜かれた炭素原子の上には不対電子が残ります(-・CH-)。分子内転位の結果として共役ジエンができることにより、炭素ラジカルが安定化されます。この共役ジエンは酸素分子と容易に反応し、ペルオキシラジカル(ROO・)を生じます。ROO・は反応性に富み、他の脂質分子から・Hを引き抜くことができます。このようにして、反応過程がいったん開始されると、連鎖的に反応が進行していくために、これら一連の反応を連鎖的脂質過酸化反応と呼びます。

図1.4.1.1 脂質過酸化反応のメカニズム
(転載:Tim Vickers、「Wikipedia―脂質過酸化反応」、2007/07/31更新、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%82%E8%B3%AA%E9%81%8E%E9%85%B8%E5%8C%96%E5%8F%8D%E5%BF%9C、2011/06/06確認)

脂質過酸化によって起こる生体影響は主に次の3つです。これらは究極的には、細胞の機能低下や細胞死を引き起こします。

  1. 膜流動性の低下:例えば、赤血球膜の脂質過酸化によって膜の流動性が低下すると、赤血球が変形することにより毛細血管を通り抜ける能力を失わせる原因となります。
  2. 通常では膜を通過しないカルシウムイオンのような物質の膜からの「漏出」の増大
  3. 膜結合性酵素の不活性化

(ウ) 光化学反応によるオゾンの生成

第1章で解説したように、対流圏大気中でのオゾン生成には、窒素酸化物(NOx)が主要な役割を果たしています。大気中でのNOxの反応性は極めて高く、大気中で起こるほとんどの反応に直接、間接に関わっています。大気中のNO2は光によって(1.4.1.1)、(1.4.1.2)式のように、NOの生成を介してオゾンを生成します。

NO2 + hν → O(3P) + NO (1.4.1.1)

O(3P) + O2 → O3 (1.4.1.2)

(O(3P)は基底状態の酸素原子を表す。)

式(1.4.1.1)で副生したNOは式(1.4.1.3)のようにオゾンと反応するため、清浄な大気中ではオゾン濃度は定常状態に達し、極端な高濃度になることはありません。

O3 + NO → NO2 + O2 (1.4.1.3)

ところが、大気中に炭化水素類が存在すると、HO2・やRO2・といった過酸化ラジカルが生成されます。式(1.4.1.1)で副生したNOは、これらと反応してNO2に戻されます式(1.4.1.4)。

NO + HO2・ or RO2・ → NO2 + ・OH or RO・ (1.4.1.4)

(Rはアルキル基等炭化水素に由来するグループ)

このNO2が再び式(1.4.1.1)、(1.4.1.2)の反応を経てオゾン生成に関与します。つまりNO2とVOCの混合系での光化学反応では、NO2が触媒として働いてオゾンが高濃度になります。

光化学反応によるオゾンの消滅は(1.4.1.5)、(1.4.1.6)式のように起こります。

O3 + hν → O2 + O(1D) (1.4.1.5)

O(1D) + H2O → 2・OH (1.4.1.6)

(O(1D)は励起状態の酸素原子。基底状態の酸素原子O(3P)は水と反応しない。)

この反応で生成されたヒドロキシルラジカル(・OH)は高い反応性をもち、オゾンと反応しないアルカン類や芳香族炭化水素類とも反応します。更に、NOxや炭化水素を含むラジカル連鎖反応によって式(1.4.1.4)のように・OHやRO・が再生され再び反応にあずかるとともに、カルボニル化合物の生成にも寄与します。こうした反応はVOCの光化学反応による2次粒子生成にも深く関与しています。


4.1.2 最大オゾン生成推計濃度

VOCによるオゾン生成リスクの評価法の一つに、最大オゾン生成推計濃度があります。以下に、その算出方法、注意点、実際の大気環境試料への適用例を示します。

(ア) 算出方法

個々のVOC化合物の光化学反応性はそれぞれ異なります。また、オゾン生成への寄与も物質によって様々です。したがって、大気中(あるいは排出ガス中)のVOCがオゾンを生成するリスクを評価するためには、個々の化合物の大気中濃度(もしくは排出インベントリ)に加え、その化合物のオゾン生成のしやすさ、すなわち生成ポテンシャルの尺度をもあわせて考慮する必要があります。

オゾンの生成ポテンシャルを示す係数は過去に複数例提唱されています。表1.4.1.2にその例として、単位VOC量が生成しうるオゾン量を示す最大オゾン生成(Maximum Incremental Reactivity: MIR)を示してあります。MIRを用いて、最大オゾン生成推計濃度は次式によって算出されます。

最大オゾン生成推計濃度=Σ[C]i×MIRi

ただし、

MIRi:VOC化合物iのMIR

[C]i:VOC化合物iの大気中濃度(測定値)

VOCの濃度の代わりに、排出インベントリを用いれば、事業所排気による潜在的なオゾン生成の最大推計量を算出することもできます。

(イ) MIRから算出した最大オゾン生成推計濃度についての注意点

  1. MIRは個々のVOCのオゾン生成能の絶対値としてよりも、異なるVOC間の相対的な大小関係の把握に有用である。
  2. 表1.4.1.2は、例えば炭素数4以上のアルデヒドについてはMIRが明らかとなっていないなど、完全なリストではない。表1.4.1.2に挙げられているVOCについて求めた最大オゾン生成推計濃度は、実際の大気中の全VOCの示すオゾン生成能と一致しない可能性がある。
  3. より正確なオゾン生成能の評価を行うためには、未同定の炭化水素類がオゾン生成に及ぼす影響を含めて考慮する必要がある。

表1.4.1.2 Maximum Incremental Reactivity (MIR) a

(ウ) 最大オゾン生成推計濃度の解析例

東京都の大気中のVOC測定結果をもとに最大オゾン生成推計濃度を評価した事例を示します1)。図1.4.1.2では、棒グラフの高さが高いほどその物質のオゾン生成能が高いことを示しています。この図から、都市大気中ではアルケン類や芳香族炭化水素類のオゾン生成能が高く、光化学オキシダントの増加に重要な役割を果たしていることが分かります。また、星らのこの研究では、大気中のVOC連続測定濃度やPRTR排出量データをベンゼンで基準化して解析することにより、トルエンやエチルベンゼンなどの芳香族の排出源として固定発生源の寄与が大きいという推定結果を示しています。

図1.4.1.2 国設東京局、八幡山局のオゾン生成能(平成15 ・16 年度平均値)
横軸の数字は化合物を表し、1~25はアルカン類、26~37はアルケン、ピネン類、38~52は芳香族、53~54はアルデヒド類。 (転載:星 純也ら、大気中VOCモニタリングデータを用いた排出源およびオゾン生成能の評価、東京都環境科学研究所年報2005, 93-101 (2005), (https://www.tokyokankyo.jp/kankyoken/report-news/report.htm#2005))

表1.4.1.3には、都内5地点におけるVOC主要成分の大気中濃度とオゾン生成への寄与割合の推定値を示しました2)。オゾン生成への寄与割合は、どの地点でも大気中濃度の高いトルエンによる寄与が最大となっています。また、寄与割合2位以下の組成は大気中濃度の成分と大きく異なっています。これは、個々のVOC成分のMIRが異なるためです。つまり、排出量の多いVOC成分を中心とした排出削減対策だけでは光化学オキシダント対策として、必ずしも十分でない可能性があります。

表1.4.1.3 都内5地点におけるVOC主要成分の大気中濃度とオゾンの生成への寄与割合(2007年度) (転載:星 純也ら、大気中VOCの成分組成の経年変化とオゾン生成への寄与について、東京都環境科学研究所年報2008, 10-17(2008), (https://www.tokyokankyo.jp/kankyoken/report-news/report.htm#2008))

コラム:
酸素は猛毒である

(1) 酸素の毒性について

地球進化の歴史を振り返ると、約30億年前に酸素分子を放出する光合成生物が現れました。その後、現在と同じような酸化的環境に変わるのに約10億年がかかっていますが、この間、大気中の酸素含有量が上昇するにつれて、それまでに存在していた無酸素条件に適応した生物は酸素毒性にさらされることになりました。

酸素は極めて高い反応性をもつ物質で、細胞内で無秩序な酸化が起こることは生物にとって時には致死的な障害を与えます。当時の原始生物は酸素毒性に対する防御機構を進化させるか、酸素が侵入できない環境に避難するかの選択を強いられたのです。現在の嫌気性生物はこのような生物であると考えられています。

有酸素環境に適応した好気性生物に対しても、酸素は有害作用を示します。

  • 植物:全ての植物組織は空気中より高濃度の酸素で障害をうけ、葉緑体の発生阻害、種子生存率の低下、根の成長抑制、生体膜障害、葉の退縮や落葉が起こります。
  • ヒト:高濃度(または高分圧)酸素の連続吸入によって中枢神経系の機能不全、肺や網膜の損傷が起こります。特に新生児への高濃度酸素曝露は後水晶体繊維増殖症(失明)を起こすことが判っています。

(2) 酸素毒性の原因は何か

生体内で起こる正常な酸素代謝の副産物としてスーパーオキシドアニオン(O2-)や過酸化水素(H2O2)が生成されます。また、H2O2の均等開裂によってヒドロキシルラジカル(・OH)が生成されます。・OHはこれまでに知られている最も反応性の高い反応種の一つで、生細胞中にあるほとんど全ての種類の分子(糖、アミノ酸、リン脂質、ヌクレオチドや有機酸など)と非常に速い速度で反応します。

  • ・OHは生体膜成分の一種であるホスファチジルコリン(レシチン)から水素(H・)を引き抜いて、炭素中心ラジカルを生成します。これは生体膜損傷の原因となる連鎖的脂質過酸化反応を起こします。
  • ・OHはDNAの一部を構成するデオキシリボースのような糖とも反応します。こうした反応の生成物の中には微生物に対する変異原性が認められているものもあります。
  • ・OHは芳香環構造に付加反応をしますが、これはDNAやRNA中のプリン塩基やピリミジン塩基などのもつ二重結合に対しても同様です。例えば、ピリミジン塩基であるチミンの二重結合への・OH付加で生成したチミンラジカルは一連の反応を起こします。

以上のように、・OHはDNAの塩基や糖を損傷し、DNA鎖切断を誘起して、細胞死や突然変異の原因となります。

引用文献

  1. 星 純也ら、「大気中VOCモニタリングデータを用いた排出源およびオゾン生成能の評価」、東京都環境科学研究所年報2005, pp.93-101 (2005).
  2. 星 純也ら、「大気中VOCの成分組成の経年変化とオゾン生成への寄与について」、東京都環境科学研究所年報2008, pp.10-17 (2008).

参考文献

  1. 秋本肇、「対流圏オゾン―大気中における光化学生成」、季刊化学総説、10大気の化学、1990、pp.146-164
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