東京都地域結集型研究開発プログラムのタイトル図
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1 基礎編
第4章 排出されたVOCの影響と評価法

4.2 大気エアロゾルの生成

前節で述べたように、VOCに代表されるガス状有機成分は大気中の光化学反応を経てカルボン酸やその誘導体などに酸化されます。これらの酸化生成物は、蒸気圧が低いため凝集して粒子化したり、他の大気エアロゾル表面に吸着したりして有機エアロゾル(2次生成有機エアロゾル)を形成します。2次生成有機エアロゾルは、その大きさや性状、構成成分など様々な点において、ヒトの健康や地球規模での気候変動に与える影響が大きく、重要な大気成分です。

4.2.1 大気エアロゾルとは

大気中に浮遊する微小な液滴や固体からなる粒子を総称して大気エアロゾルといいます。大気エアロゾルは、様々な成因や起源をもつ有機物、無機物からなる多成分の粒子で、その粒径は数nm~100 µm 程度と広範囲にわたります。

(ア) 有機エアロゾルとは

有機物粒子(有機エアロゾル)は大気エアロゾルの主要な構成成分です。東京など都市域のエアロゾル全体の35~60%は有機物であると報告されています。この有機エアロゾルは、排出源から直接粒子として排出された一次有機エアロゾルと、大気中での光化学反応によってガス状炭化水素が粒子化してできた二次有機エアロゾルとに大別されます(表1.4.2.1)。

表1.4.2.1 有機エアロゾルの分類と由来
一次有機エアロゾル 二次有機エアロゾル
*土壌有機物:地表面の土壌粒子が風で舞い上げられることに起因して生成します。これは以下のように、大粒子の移動と破砕によって生じた微小モード粒子が大気中に浮遊することによります。土壌粒子のうち、極めて小さい微粒子はロンドン・ファンデルワールス力によって地表面に付着しており、また大きすぎる粒子は重量があるために、風によって動かされません。風で動かされやすい40~50 µm程度の粒子が他の土壌粒子表面に衝突、表面を破砕して1~数µmの粒子を生成します。 **海塩粒子:海面での気泡の破裂によって、ジェット液滴とフィルム粒子が形成され、それぞれ2~40 µmの粗大モード、0.1~2.0 µmの微小モードの乾燥粒径をもつ海塩粒子が生成されます。生成される海塩粒子の90%以上は粗大モードであると見積もられています。
自然発生源由来 土壌中の有機物*、植物の葉の表面のワックス成分、花粉、胞子、バクテリア、海塩粒子**中に含まれる有機物 α-ピネンなどのテルペン類から生成される。
人為起源由来 アルカン類、アルケン類、BTEX(石油精製や化学工業過程からの漏出、自動車排ガス中の未燃焼燃料成分、潤滑油の変質成分)、フタル酸エステル、多環芳香族炭化水素(燃焼由来のスス粒子表面に吸着)、殺虫剤など 自動車排ガスなどに含まれる環状アルケン類やアルカジエン類、アルキル置換芳香族炭化水素類と、窒素酸化物(NO, NO2)の混合系の光化学反応によって、炭化水素類が蒸気圧の低いカルボニル化合物へと酸化されて粒子化する。

(イ) 大気エアロゾルの大きさ

一般に都市大気エアロゾルの粒径分布は、1~2 µm付近に谷間をもつ 2 山の対数正規分布に近似できます。微小粒子側にできる山は微小モード 、大粒子側にできる山は粗大モードと呼ばれます(表1.4.2.2)。エアロゾルの粒径分布を数濃度で示すと、大部分の粒子が0.002~0.06 µmの粒径領域に存在します。この領域の粒子群はエイトケン粒子またはエイトケン核(Aitken nuclei)と呼ばれています(補足説明)。

表1.4.2.2 モードと生成要因
モード 粒子の生成要因
微小モード 燃焼によって生じた気体分子や光化学反応によって生じた気体分子が凝縮して生成される。すす(煤)粒子や光化学反応で生じた硫酸塩粒子や有機エアロゾルなど
粗大モード 大きな物体が力学的(機械的)な作用を受け、さらに摩耗や破砕といった過程を経て形成される。土壌性粒子、海塩粒子、セメント粒子など

(ウ) 大気エアロゾルの健康影響

呼吸によって、大気エアロゾルが呼吸器内へ吸入されると、粒径が細かい粒子ほど肺胞など気道の奥まで侵入します。また侵入した粒子の一部は呼気に含まれて体外へ排出されますが、残りは呼吸器内の粘膜に付着するなどして残留します(沈着)。

一般的にエアロゾル粒子の粒径が10 µm以下になると鼻腔内への侵入が起こり、1.1 µm以下になると肺胞まで到達するとされています。

2次有機エアロゾルの大部分は微小モードに存在します。2次有機エアロゾルには、粒子化のもととなった有機物分子だけでなく、気相中のさまざまな汚染化学物質が吸着して存在します。例えば、発がん物質であるベンゾ[a]ピレンやジニトロピレンは、微小モード粒子に特に高濃度で存在することが知られています。

こうしたことから、微小モード粒子を構成する有機エアロゾルに高濃度で曝露されると、塵肺症やミストによる肺毒症を引き起こし、低濃度であっても肺がんや喘息などの呼吸器疾患につながる可能性があります。

日本では1972年に粒径10 µm以下の浮遊粒子状物質(SPM)について、また2009年に粒径2.5 µm以下の微小粒子状物質(PM2.5)について環境基準が設定されています(表1.1.3.5)。

(エ) 大気エアロゾルの気候影響

大気エアロゾルの気候影響には直接効果と間接効果があります。

直接効果
硫酸ミストや有機エアロゾルは透明で、太陽光を散乱・反射しやすい。これらのエアロゾルが増加することで地表面に到達する太陽光の量が減り、大気を冷却する効果のこと。
間接効果
水溶性のエアロゾルは雲粒生成の核(雲凝結核:CCN)として働く。水溶性エアロゾルが増加すると、雲粒の粒径が小さいものがより多くなり、雨粒として降下するのに十分なサイズにまで成長するのに時間がかかるように、つまり雲の寿命が長くなる。その結果、日射反射率が増加し大気が冷却される効果のこと。

近年、CO2などの温室効果気体の増加による地球の温暖化が問題となっています。これまでの観測結果では、過去100年間に地球の平均気温は約0.6度上昇しました。一方、この100年間の温室効果ガスの増加量を基に、同じ期間の地球平均気温の上昇値を試算すると約1.0度となります。これは、近年世界各地での大気汚染の進行に伴い、硫酸ミストや有機エアロゾルによる直接及び間接効果が気候変動に及ぼす影響が増大しているためと考えられています。

CCNとして働く水溶性有機エアロゾルの増加は、雲の寿命を長くするとともに、降雨が始まるまでに大気に蓄えられる水分の量を増大させます。大気汚染が進んだ都市大気では降雨強度、降雨パターンが人為的に改変されることになります。人為起源のエアロゾルの増加は、近年のゲリラ豪雨とも関連する問題と言えるでしょう。


4.2.2 VOCの有機エアロゾル生成能

VOCの有機エアロゾル生成能(Y)は、反応によって減少したVOCの単位濃度(ΔVOC, µg/m³)当たりに生成される有機エアロゾル濃度(ΔM, µg/m³)の比として定義されます。

Y = ΔM/ΔVOC (1.4.2.1)

Yの値は、チャンバー実験や化合物の構造-反応相関によって求めます。初期の粒子生成のモデルでは、VOC反応生成物の濃度が飽和蒸気圧を超えると、その過剰部分が凝結して粒子化するというメカニズムが想定されていました1)

図1.4.2.1に、アルカン、アルケン、芳香族炭化水素及びその他の化合物群のY(実験値、推定値)を示しました。以下に化合物群ごとのYの傾向をまとめたように、同じ化合物群の中では、実験値も含めて、概ね構造-反応相関どおりのYの相対的な関係性が確認されています。

アルカン、アルケン類:
炭素数が多いほどYが高い。また鎖状よりも環状構造の化合物の方がYが高い。
芳香族炭化水素類:
ベンゼンよりもアルキル置換された化合物の方が、アルキル置換基が直鎖状のものよりも分岐している方が、Yが高い。オルト位やメタ位で置換された化合物の方がパラ置換された化合物よりもYが高い。

図1.4.2.1 VOCの有機エアロゾル生成能
(Pandis S.N. et al., "Secondary organic aerosol formation and transport". Atmos. Environ., 26A, 2269-2282 (1992)のデータより作成)

当初のモデルでは、同一化合物のYの実験値間のバラツキをうまく説明できませんでした。この課題を解決するために導入されたのが以下に説明するモデルです。

このモデルでは、VOCの反応生成物の濃度が飽和蒸気圧に達していなくても大気中に存在する粒子に凝集して成長することで有機エアロゾルが2次生成されるというメカニズムを想定しています。この場合、YはVOCの反応生成物(voci)のガス-粒子間分配平衡で表現することができます。

Y = M・Σ[(ai・Kp,i)/(1+M・Kp,i)] (4.2.2)

ai: 化学量論係数

Kp,i: vociのガス-粒子間分配係数;化学反応によるVOC濃度の変化に対する生成物質濃度の比(C/ΔVOC)を表す

M: vociが吸着する有機エアロゾルの質量濃度

式(1.4.2.2)は、粒子生成能(Y)はvoci固有の性質(Kp,i=揮発性)だけでなく、環境条件である粒子濃度(M)にも依存することを意味しています。Mは環境中の有機エアロゾル濃度で、一般的な都市環境では1~20 µg/m³ 程度の範囲であると想定されます。化合物固有のパラメーター、ai、Kp,iはチャンバー実験によって求められる値です。

Odumらの研究では2), 3)、芳香族炭化水素やα-ピネンについてVOC → voc1 + voc2のような2成分を生成する系を想定し、ai、Kp,iを求めています(表1.4.2.3)。これらのパラメーターを用いて、東京都の大気におけるYを算出した結果を図1.4.2.2に示しました。

表1.4.2.3に記載されていないその他の化合物についても、チャンバー実験によるai、Kp,iの算出を進め、より正確な粒子生成能の評価につなげていく必要があり、これは今後の課題です。

表1.4.2.3 VOCからの有機エアロゾル生成に係るパラメーター
(参考:①Odum J.R. et al., “Gas/Particle Partitioning and Secondary Organic Aerosol Yields”, Environ. Sci. Technol., 30, 2580-2585 (1996).
②Odum J.R. et al., “Aromatics, Reformulated Gasoline, and Atmospheric Organic Aerosol Formation”, Environ. Sci. Technol., 31, 1890-1897 (1997).)
α1 Kp,1 α2 Kp,2
高収率芳香族
メチル、エチル置換数≤1
(トルエン、エチルベンゼン、エチルトルエン
0.038 0.042 0.167 0.0014
低収率芳香族
メチル置換数≥2
(キシレン、トリメチルベンゼン、ジメチルエチルベンゼン、テトラメチルベンゼンなど)
0.071 0.053 0.138 0.0019
α-ピネン 0.038 0.326 0.171 0.004

図1.4.2.2 東京都大気における有機エアロゾル生成能(Y)

※ 補足説明:粒径分布関数

個数表示、表面積表示、体積表示、重量表示の粒径分布関数(n(a),s(a), v(a), m(a)

dN = n(a)da

a: 大気エアロゾルの粒径(直径)

dN: 単位体積中に含まれる粒径aからa+daの間の粒子の個数

dS = s(a)da

dS: 単位体積中に含まれる粒径aからa+daの間の粒子の表面積

dV = n(a)da

dV: 単位体積中に含まれる粒径aからa+daの間の粒子の体積

dM = m(a)da

dM: 単位体積中に含まれる粒径aからa+daの間の粒子の重量

大気エアロゾルは、粒径が5桁にもわたって変化するので、粒径分布は対数で表されるのが一般的である。

dN/d ln a = a・n(a)da

dS/d ln a = a・s(a)da = πa²・dN/d ln a

dV/d ln a = a・v(a)da = (π/6)a³・dN/d ln a

大気エアロゾルの粒径分布は対数正規分布でほぼ近似的に表せる。個数表示、体積表示の粒径分布関数は次のように表される。

dN/d ln a = [N/(√2π lnσg))]exp[-(ln a - ln ãgN)²/(2ln²σg))

dN/d ln a = [V/(√2π lnσg))]exp[-(ln a - ln ãgV)²/(2ln²σg)]

V: 単位体積中に含まれるエアロゾルの総体積

σg: 幾何標準偏差

ãgN: 個数幾何平均径

ãgV: 体積幾何平均径

ãgV = ãgN ・exp(3ln²σg)

Whitby, Scerdrupによれば、

微小モード:ãgN = 0.069μm, σg = 2.03, ãgV = 0.31μm

粗大モード:ãgN = 0.98μm, σg = 2.15, ãgV = 5.7μm

エイトケン粒子:ãgN = 0.013μm, σg = 1.7

引用文献

  1. Pandis S.N. et al., Secondary organic aerosol formation and transport. Atmos. Environ., 26A, 2269-2282 (1992).
  2. Odum J.R. et al., Gas/Particle Partitioning and Secondary Organic Aerosol Yields, Environ. Sci. Technol., 30, 2580-2585 (1996).
  3. Odum J.R. et al., Aromatics, Reformulated Gasoline, and Atmospheric Organic Aerosol Formation, Environ. Sci. Technol., 31, 1890-1897 (1997).

参考文献

  1. 太田幸雄、「大気エアロゾル」、季刊化学総説、10大気の化学、1990、pp.127-145
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