東京都地域結集型研究開発プログラムのタイトル図
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1 基礎編
第4章 排出されたVOCの影響と評価法

4.3 VOCの発がん性

4.3.1 発がん物質について

(ア) 発がんとは、発がん性とは

正常な細胞は、からだの機能を保つためにその成長や寿命がコントロールされています。発がんとは、このコントロールが効かなくなり増殖し続ける腫瘍細胞となる過程のことです。発がんの過程は、イニシエーション、プロモーション、プログレッションと呼ばれる多段階が存在しています。それぞれの段階は以下のように説明されています。

イニシエーション
化学物質が遺伝子(DNA)に結合して、DNAの塩基配列に異常が生じます。放射線によっても同様の異常が発生します。これらの遺伝子の損傷が修復されずに突然変異として固定される、発がんの最初のステップをいいます。突然変異が固定された細胞は前腫瘍細胞に変化します。ただし、この作用だけでがんになるとは限りません。
プロモーション
もととなった言葉は「促進」「助長」といった意味をもちます。遺伝子の損傷を持った前腫瘍細胞が異常に増殖し始めます。プロモーション作用をもつ物質だけでは発がんには至りません。イニシエーションの後でそのような物質が作用した時に発がんが起こります。
プログレッション
良性細胞が、制御の効かない悪性細胞へと変化していきます。

発がん性とは、ある物質を生体内に取り入れることによって、その影響で体内に悪性腫瘍を発生させる、または発生を促進する毒性のことです。

(イ) 発がんリスクの分類

国際癌研究機関(IARC:WHOに設置されている専門機関)が、化学物質、混合物、特定の職業における活動や、喫煙などの行為を含む環境を、ヒトに対する発がんリスクの確度によって5グループに分類し公表しています1)。表1.4.3.1はIARCによる発がんリスクの分類と、各グループに対してどのような証拠の確度が設定されているかを示しました。証拠の確度は表1.4.3.2に示したような一定の評価基準に従って決められます2)

表1.4.3.1 IARCによる発がんリスク分類
(参考:IARC、”Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1-101”、IARCホームページ、2011/04/13更新、http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.php、2011/0606確認)
グループ 発がん性の評価 登録数 証拠の確度
1 ヒトに対して発がん性がある(Carcinogenic to humans) 107 ヒト:Aのとき
それ以外でも、動物実験においてA、かつヒトにおいても発がんメカニズムが作用していると認められる。
2A ヒトに対しておそらく発がん性がある
(Probably carcinogenic to humans)
59 ヒト:B、実験動物:A
ヒトに対してC、実験動物に対してAで、その発がんメカニズムがヒトにおいても作用するという強い証拠がある。
例外、ヒト:Bだけでも、次に該当する/発がんメカニズムに基づいて物質を分類したとき、その物質が属する物質群の1つ以上がすでにグループ1か2Aに分類されているとき。
2B ヒトに対して発がんの可能性がある(Possibly carcinogenic to humans) 266 ヒト:B、実験動物:<A(十分とは言えない)
ヒト:C、実験動物:A
ヒト:C、実験動物:<A、メカニズムなどのデータによって証拠が支持される。
発がんメカニズムなどのデータのみから、強く発がん性であることが示されるとき。
3 ヒトに対する発がん性については分類できない(Not classifiable as to carcinogenicity to humans) 508 ヒト:C、実験動物:B or C
例外的に、ヒトに対してC、実験動物でAであっても実験動物における発がんメカニズムがヒトにおいて作用しないという強い証拠がある場合。
他のいずれのグループにも分類できない場合。
グループ3への分類は、通常、さらなる調査の必要性を示すもので、発がん性がないこと、安全であることの判断ではない。曝露が広範囲におこる場合や、がんのデータに複数の解釈が可能な場合などは、特に調査の必要性が高い。
4 ヒトに対しておそらく発がん性はない(Probably not carcinogenic to humans) 1 ヒトおよび実験動物:D
ヒトに対してCでも、実験動物に対してDでかつその証拠が発がんメカニズムその他のデータによって支持される。
表1.4.3.2 発がんリスク分類の根拠となる試験データの評価基準
(参考:IARC、”Preamble to the IARC Monographs (amended January 2006)”、IARCホームページ、2003/01/23更新、http://monographs.iarc.fr/ENG/Preamble/index.php、2011/0606確認)
証拠の確度 発がん試験データの評価 発がん性の証拠としての評価基準
ヒトに対して 実験動物で
A 十分な証拠
(Sufficient evidence of carcinogenicity)
物質物質への曝露と発がんとの間に、統計的に十分な信頼性を伴って、正の相関があるなど、因果関係があると認められるとき。 (a)2種以上の動物において、もしくは(b)1種の動物について、調査時期、研究機関、調査手法のいずれかを異にして行われた2つ以上の独立した調査研究において、物質と悪性腫瘍の発生率あるいは適切な組み合わせの良性および悪性腫瘍の発生率の上昇との間に因果関係が存在するとき。
適切な実験方法によって、単一の種について雌雄両性について腫瘍発生率の上昇が認められた場合も十分な証拠と見なされる。単一種、単一性であっても、悪性腫瘍が発生率、標的部位、腫瘍のタイプ、発生の年齢などにおいて特異的な程度で起こる場合、多数の標的部位で腫瘍がみられるばあいには十分な証拠と見なされる。
B 限定的な証拠
(Limited evidence of carcinogenicity)
統計的に十分な信頼性を伴わないが、物質への曝露と発がんとの間に正の相関が認められとき。 (a)発がん性のデータが単一の試験からしか得られていない、(b)試験のデザイン、実施段階、結果の解釈のいずれかに疑問があり、それが解決されていない、(c)その物質によって、良性腫瘍のみ、もしくは悪性腫瘍の可能性がある病変しか引き起こされない、(d)その物質による発がん性の証拠が、狭い範囲の組織、臓器でのプロモーション作用を示す調査に限定されている、などに該当し、明確な評価を下すには限定的と見なされる場合。
C 限定的な証拠
(Inadequate evidence of carcinogenicity)
(発がん性を報告した)調査研究の質、統一性、統計的信頼性が、曝露と発がんの間の因果関係を結論づけるには不十分なとき。
ヒトに関する発がん性のデータが存在しないとき。
実験データの質的または量的な制限から、発がん性があるとも判断できない場合。また実験動物に関する発がん性のデータが存在しないとき。
D 発がん性がないことを示す証拠
(Evidence suggesting lack of carcinogenicity)
既知のヒトへの曝露レベル範囲の全域で、その物質への曝露といかなる種類のがんとの間にも相関がないとする報告が複数存在するとき。 2種以上の動物について、用いられた試験の範囲内で発がん性ではないという結果が示されたとき。試験で用いられた種、標的部位、曝露齢、曝露レベルの範囲において、発がん性がないことを示す証拠とされる。

(ウ) VOCの発がんリスク分類

PRTR制度では、ヒトに対する発がん性があると評価されているものとして15種類の物質が、特定第1種指定化学物質として指定され届出対象とされています(第1章第5節3)。この中には、エチレンオキシド、1,3-ブタジエン、2-ブロモプロパン、ベンゼン、ホルムアルデヒドといったVOCに該当する物質が含まれています。これ以外にも、VOCに該当する物質について発がんリスク分類がなされているものが多数あります(表1.4.3.3)。

この分類について注意すべきことは、分類(グループ)の違いは、それぞれの要因の発がん性の強さの差ではなく、発がん性の証拠がどれだけそろっているかの差を表しているということです。特に、グループ3への分類は、通常、更なる調査の必要性を示すもので、発がん性がないこと、安全であることの判断ではないということに留意する必要があります。曝露が広範囲に起こる場合や、がんのデータに複数の解釈が可能な場合などは、特に調査の必要性が高いとされています。

表1.4.3.3には含まれませんが、燃焼過程での非意図的生成物であるダイオキシン類や多環芳香族炭化水素類についても発がんリスクの分類がなされています。ダイオキシン類では最も毒性が強いとされる2,3,7,8-TCDD(2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン)はグループ1、その他はグループ3に分類されています。多環芳香族炭化水素ではベンゾ[a]ピレンがグループ1に分類されている他、ベンゾ[b]フルオランテンなど一般的に観測される化合物の多くがグループ2Bに分類されています。事業所排気に燃焼ガスが含まれる場合には、これらの物質についても注意が必要です。

表1.4.3.3 各種対策で指定物質とされたVOCの発がんリスク分類
グループ 物質名 優先取組物質(大気汚染防止法) 有害ガス(東京都環境確保条例) 室内濃度指針値(厚生労働省) 有機溶剤中毒予防規則
1 1,3-ブタジエン
ベンゼン
ホルムアルデヒド
塩化ビニルモノマー
酸化エチレン
2A テトラクロロエチレン
トリクロロエチレン
2B アクロニトリル
アセトアルデヒド
エチルベンゼン
クロロホルム
1,4-ジオキサン
p-ジクロロベンゼン
1,2-ジクロロエタン
ジクロロメタン
スチレン
3 アクロレイン
イソプロピルアルコールベンゼン
エチレン
塩化メチル
キシレン
ジクロロヘキサノン
o-ジクロルベンゼン
N,N-ジメチルホルムアミド
臭化メチル
1,1,2-トリクロロエタン
トルエン
ピリジン
フェノール
フタル酸ジ−2−エチルヘキシル

4.3.2 発がんリスク値を用いたリスク評価

カリフォルニアEPA(CARB)は、大気中の種々の有害成分の健康影響の程度を評価する価として、各成分の発がんリスク、急性及び慢性非発がんリスク値(ユニットリスク)を公表しています3)

非発がんリスクについては、①発症に必要な最低濃度(閾値)で表される、②影響部位及び症状が成分に固有であるなどの理由から、異なる成分間相互でのリスクの量的比較をすることが困難です。

一方、発がんリスクの評価では、イニシエーションに関わる物質(=イニシエーター)では閾値無し、プロモーションに関わる物質(=発がんプロモーター)では閾値あり、それぞれ異なるモデルが用いられます。

イニシエーターの影響は閾値を持たないため、発がんリスク値を異なる物質間で量的に比較することが可能です。発がんリスク値(inhalation unit risk, [µg/m³]-1)は「70年間曝露において十万人中一人が発がんする濃度(µg/m³)の逆数」で表されます。これは「1 µg/m³の発がん物質の吸入により個人の全生涯(70年間)にわたって継続的に曝露された場合の発がん確率」を意味します。

表1.4.3.4は、各種対策で指定物質とされたVOCのうち、吸引による発がんリスク値が求められている物質と、それらのユニットリスク値をまとめました。ユニットリスク値が大きいほどその物質の発がんリスクが高いことを示します。

排出リスク評価値は、排出される発がん物質の排出係数(Ei)とユニットリスク値(Ui)の積の総和として求められます。

排出リスク評価値=ΣEi×Ui

表1.4.3.4 VOCの吸引による発がんリスク値(単位:[µg/m³]-1
(転載:California Envronmental Protection Agency、”Consolidated Table of OEHHA/ARB Approved Risk Assessment Health Values”」、California Envronmental Protection Agency Air Resources Boardホームページ、2010/02/14更新、http://www.arb.ca.gov/toxics/healthval/contable.pdf、2011/06/03確認)
グループ 物質名 ユニットリスク値*
*例えば、「1.70E-04」は、「0.000170」を表します。
*ユニットリスク値の最終更新日:2011年2月14日
1 1,3-ブタジエン 1.70E-04
ベンゼン 2.90E-05
酸化エチレン 8.80E-05
ホルムアルデヒド 6.00E-06
塩化ビニルモノマー 7.50E-05
2A テトラクロロエチレン 5.90E-05
トリクロロエチレン 2.00E-06
2B アクロニトリル 2.90E-04
アセトアルデヒド 2.70E-06
エチルベンゼン 2.50E-06
クロロホルム 5.30E-06
1,4-ジオキサン 7.70E-06
p-ジクロロベンゼン 1.10E-05
1,2-ジクロロエタン 2.10E-05
1,1,2-トリクロロエタン 1.60E-05
フタル酸ジ−2−エチルヘキシル 2.40E-06

引用文献

  1. IARC, “Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1-101”, IARCホームページ、2011/04/13更新、http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.php, 2011/0606確認
  2. IARC, “Preamble to the IARC Monographs (amended January 2006)”, IARCホームページ、2003/01/23更新、http://monographs.iarc.fr/ENG/Preamble/index.php, 2011/0606確認
  3. California Envronmental Protection Agency, “Consolidated Table of OEHHA/ARB Approved Risk Assessment Health Values”, California Envronmental Protection Agency Air Resources Boardホームページ、2010/02/14更新、http://www.arb.ca.gov/toxics/healthval/contable.pdf, 2011/06/03確認
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